おまえの俺をおしえてくれ

9月16日出版 徳谷柿次郎の書籍『おまえの俺をおしえてくれ』寄稿エッセイブログ

「特殊な野球の手順」(記:大川直也)

手順①

片手でゆうに掴める大きさのボールであればなんでもいい。どの程度使い古したものかは問わないし、例えば、マーク・マグワイアか、王貞治が867本目に打ったホームランの記念ボールでもいいし、ゴミ捨て場から犬が拾ってきたものでもいい。きっと、ボールでなくてもいい。ボールと思い込むことのできる丸いなにか、それをひとつ持って、運動のしやすい履き慣れた靴を履いたら、湿気でどうしようもない玄関からよく晴れた通りに出る。瞼が痛むような快晴。通りには正午過ぎの鋭い日が差していて、電話線も、幹線道路も、広告看板も、釣り道具屋も、開店前のスナックの窓も、人の髪も植栽の緑も煌めいている。まだ暑い日が続く、熱中症になんてならないように、お水や、よく冷えたコーラを買っておいて、適切な頃合いをみてしっかりと水分補給をしながら歩く。

 

手順②

しばらく歩いて、できるだけ広い場所に着いたら、入念に準備体操をする。さっき家から持ってきた、ボール、もしくはボールのようななにかも、何度か投げてみる。ウォーミングアップとして投げたボールは自分で取りに行くことになるから、できるだけ広い場所、とは言ったものの、肘や脛を切るような鋭く硬い葉を蓄えた背の高い草が生えていたり、過度に地面がぬかるんでいない方がいいかもしれない。体が温まってきたら、次の手順へ進む。

 

手順③

大きく息を吸って吐く。風が静かになった瞬間でもいいし、向かい風が吹き抜けた瞬間でもいいし、追い風に乗せてもいい。そういう瞬間に、思い切り、高く、遠くにボールを投げる。よく晴れた青い空に弧を描く最中のボールの軌道から予測される落下地点を目掛けて、全速力でボールを追いかけてみる。

 

一旦の仮定①

なにが起こっただろうか。きっと走っているさなか、視線のはるか先にボールが落ちるはずだと思う。

 

柿次郎さんに会ったのは、小田原で一回、表参道のギャラリーで一回、湖のほとりで一回(だんごさんと初めて話したのもこの日だった。そういえばだんごさん、勧めてくれた松浦理恵子さんの『奇貨』を読みました。その節はありがとう。それについてはまたゆっくり)、言悟さんのところで一回(よく考えたら、その全ての記憶の片隅に柳下さんがちらつく。柳下さん、僕は今、別に書きたいものがあるのだけれど、それについては早いうちに)、それだけだったと思う。

初めて会った日、瞳の虹彩が美しいこと、笑顔に老獪な緊張感と幼児のような優しさのあることが印象に残った。絵のような人だと思った。

古楽器のように乾いていて、ふくよかな低音と耳ざわりの良い倍音がよく響く声で「柿次郎です」と言っていた。

僕は、兄を通してずいぶん前から柿次郎さんを認識していたので、挨拶が遅くなってすみません、と話した。

「とんでもない」と柿次郎さんは笑っていた。

 

身体の先にある言葉と、身体の後ろにある言葉があるように思う。

「酒に酔って口より先に手が出る」といった暴力については論外として、僕は「身体の後ろにある言葉」を愛している。

身体が言葉を追い越したような言葉を。

やさしい言葉ではなくて、やさしい身体から滲んだ言葉を。

剣でも盾でもなく、鱗粉、もしくは抜け落ちた羽毛のような言葉を尊敬している。

 

本題に戻ろうと思う。

特殊な野球の手順について話すことが、言葉について話すことにつながればいいと思う。

 

柿次郎さんの特殊な野球①

長野かどこかの、よくひらけた、できるだけ広い場所に立つ。自分で遠くに投げたボールを全速力で追いかける。ボール、もしくはボールのようなものの落下予定地点の遥か先まで走り抜けると、広い場所の隅に立っていた僕の前まで走り寄る。

 

柿次郎さんの特殊な野球②

「柿次郎です」そういう挨拶をする。その後で、背中のずっと後方、落下予定地点にボールが落ちて、転がりはじめる。

ボールが落ちた音を聞いた僕は、柿次郎さんの肩越しに、転がるボール、もしくはボールのようなものを指差して言う。

「やぁ柿次郎さん、こんにちは。何かが転がってきますね。あれはなんですか」

「ああ、あれは、現場宝石タラバガニです」

 

 

プロフィール

大川 直也(おおかわ なおや)

写真と散文を中心とした自身の制作活動のほか、CDジャケットやミュージックビデオ、アーティスト写真などの制作を行なっている。

 

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書籍概要

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■商品情報■
・今、自分は「ある」よりも「ない」だと思っている人
・自分の生き方に選択肢が「ない」と思ってる人
・いつか「ある」状態になりたいと思ってる人

この本はそんな人にこそ読んでもらいたい。


タイトル :おまえの俺をおしえてくれ
著者        :徳谷柿次郎
出版社    :風旅出版
発行元    :Huuuu
定価        :定価 大人1,800円(税別)
判型        :変形四六判(113 mm ×182mm)
発売日    :2022年9月16日(40歳)

 

目次(抜粋)

1)自分で自分を編集する
2)異常でしたね。執着が。
3)セロトニンがでない部屋
4)おまえすごいな、最高やな!
5)「遊ばなきゃ」っていう意識
6)ずっと下唇震えてましたからね、急に決断迫られて
7)自分にとって一番いい栄養分があるところに容赦なく動ける
8)おまえの俺をおしえてくれ

寄稿「おまえの俺をおしえてくれ」
小林直博/原宿/宮脇淳/シモダテツヤ/小野田弥恵/MOTOKO/塩谷舞/カツセマサヒコ/納谷ロマン/小倉ヒラク/藤本智士/友光だんご/石崎嵩人(敬称略)

 

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